―――要するに、とことん運が悪かった。

言ってしまえばそれだけの話だった。







月末にグロッケンシティで催されるハロウィンの催し物をを見学しようと少々無理な旅程を組んで、
街道沿いに進んでは間に合わないからと相棒をせかして険しい山を突っ切る獣道を選択した。

急勾配に崩れやすい足場、そこに加えてあたしの魔法の使えない日が重なって。

崖を削るようにしてつけられた細道を進む途中で吹いた突風に煽られたあたしは、
いとも間単にバランスを崩してしまった。

それはまさに急転直下。

瓦礫と共に宙に投げ出されたあたしは、そのまま奈落に向かってまっさかさま。
とっさに伸ばした手の先に、目を丸くして驚く相棒の姿を見たのが記憶の最後。

「リナっ!!」

切羽詰った叫びが聞こえたような、そんな気がするけど本当だったのかは定かではない。

ただ、今、こうして彼はあたしの隣にいる。
その事実からすると、きっと実際にあったことなんだろうと思う。






ばかだ。

ほんっと、ばか。
考えなしのくらげにも程がある。

そりゃあ、まぁ。あんただったら充分やりかねない行動だとは思うけど。
だからって、幾らなんでもなりふりかまわなさすぎにも程があるんじゃない?

けどまぁ、ガウリイだもんね。

それだけで妙に納得できてしまうところもあるのだ、うん。
なにせ、今までだって何度も命がけであたしを助けてくれた人だから。






ねぇ。

あたし、あなたと旅するのも、戦うのも、一緒の時間を過ごすこともさ。
けっこう、ううん。もう、離れるなんて考えられない位気に入ってたんだよ。
それはあなたが思っている以上に、想像している以上に、そりゃあもう、絶大に。

だから、今、あなたがあたしのせいでこんな風に傷だらけになってたらすごくすごく悲しいし、悔しい。

自分の身一つ守れない、不甲斐ない自分自身と。
あなたに対して、ある重大な事実を隠していたことに。







飲み水はかろうじて出す事が出来た。
あの日の影響で一時的に魔力が減退はしていても、まったく使えなくなるわけではなかったから。

「ゆっくりと飲んで……そう、大丈夫。まだあるから」
掌に掬った水をゆっくりと傾けて、彼の乾いた唇を潤していく。

「……ありがとうな、リナ。お前さんは」

「大丈夫、ガウリイのお陰でどこも痛くしてないわよ」

そろりと、傷だらけの頬を撫でると、乾いた血がぱらぱらと散って落ちる。

「抜けられそうか?」

「今はまだ無理そう。ごめん、ガウリイ。早くあなたを医者に連れて行きたいのに」
魔力が回復するには、あと2日はかかりそう。

ううん、下手をすればもっと。



「そっか」
ふう、と小さく溜息をつくと、そのままガウリイは動かなくなった。
俯いたままの彼の唇からは、規則的な呼吸音が聞こえてくる。

傷ついた身体を癒すため、そして体力温存の為に眠る事にしたらしい。

まぁ、こんな場所で敵襲だのを気にする必要はないから眠りたい時に眠ればいいのは分かっている。
だけど、彼がこんなにも無防備に、それも一言の断りもなしに寝るというのは。

くぅぅぅぅ。

大きな体躯から聞こえたのは、空腹を訴える音色。

そりゃあそうだろう、半日山道を歩き詰めだったところに加えて、ここに落ちて更に半日が経過している。

2食分の食事をしていないのだから、当たり前の事。





軽く十数メートルは転落しただろうに、あたしは左足首の捻挫以外傷らしい傷を負っていない。
代わりに、あたしが負う筈だった傷をガウリイが受けた。

奈落の底で気が付いてすぐ、あたしは傍らに転がる彼の全身をくまなく検分した。
骨こそ折れてはいなかったが、背中と左腕、特に右足の打撲が酷い。
傍らに転がる抜き身の斬妖剣と左腕と手の甲の擦過傷。
一緒に落ちた礫でも当たったのか、両の瞼も切れて腫れあがっている。
無理やりこじ開けた瞼の下は、幸いな事に傷一つなかった。
視力にも特に異常はないとはいえ、腫れた瞼が邪魔をして目を開くのは困難そう。
唯一傷の少ない右腕はしかし、酷く手首が腫れあがっていた。
崖から落ちる際、少しでも衝撃を殺そうとした代償なのだろう。

きっと彼は、とっさにあたしを左腕で抱えるようにして、落下しながら
剣を岩肌に突き立てて少しでも落ちる速度を殺そうとしたのだろう。

その判断は間違ってない。

だけど、自分の不注意からガウリイに剣士の命ともいえる利き腕を潰すようなマネをさせてしまった。
こんなことなら、あたしだけ落ちていればよかった。
そうすれば、身軽なガウリイの事だ。みっともなく落ちたあたしを拾い上げて、
背負うなり担ぐなりして麓の町まで連れて行ってくれたに違いない。
口にすれば血相を変えて怒られてしまうだろう考え。
それでもあたしは、そっちの方が良かった。
庇われるだけ庇われて、自分だけ無事でいたって嬉しくない。贄になったのがガウリイならば一層のこと。


何でもしようと、心を決めた。
今、この瞬間を無事に乗り切るためならあたしはなんでもする。
たとえこの先、一緒にいられなくなったとしても。



天高く昇った太陽の光が、奈落の底にかろうじて差し込む頃。
あたしはガウリイの為に食事の支度を整えた。

といってもろくなものがあるわけじゃないし、傷ついたガウリイに手伝えとも言えないので、
せっせと一人で支度をする。

水を貯めるコップもなければ食べ物を皿もない。
だから、一口分ずつ水を生み出し、食べ物を削いでは彼の口に運んでやる。

瞼の腫れは昨夜よりも酷くなった。
青黒くなったその色合いだけでも見るからに痛々しいというのに、冷やしてやる為の氷もない。

魔力さえ戻ればすぐに助けられるのに。
こんな時、女である自分が心底疎ましくなる。
しくりと痛む下腹部が憎らしい。どうせ何も産めやしないくせに、一丁前に機能して。







「…なぁ、これ、すっげーうまいなぁ」

ガウリイはゆっくりとそれを噛みしめ、味わっていた。

「ま、ね。あたしのとっておきだから」

小さく笑って、もう一削り。

瑞々しいそれを、彼の口元に持って行く。

「なんか、甘い匂いだなぁ。なんだ、これ?」

「それは、リナちゃんの企業秘密です」

「お前さん、今まで独り占めにしてたのかよ」

ちょっと拗ねた風な口を聞くと、ガウリイはもっと欲しいと言って口を開ける。

「はいはい、ちょっと待ってて」

あんたは子供か、それとも餌を待つ雛鳥か、なんて風にからかいながら、
あたしはせっせとそれを削っては彼の口に運んで食べさせた。



こくこくと水を飲み終えたガウリイは、岩壁に背を凭れさせて眠ってしまった。

怪我からくる発熱に苦しめられていることはあたしも、彼も判っている。
お互いにそれを口にしないのは、言ったところでどうにもできないから。
手元にあるのは、お互いの身につけていたものだけで。

傷を冷やす為の濡れタオルを作るには衣服を裂くしか手段はないし、
それをすれば夜の冷え込みから身を守る手立てがなくなる。

昨日は身を寄せ合う事で暖を取ることが出来たけど、このままではいずれ……。



「………レビテーション」

状態を確かめる為に呪文を唱えてみても、僅かに髪が浮かぶだけ。
魔力が戻るまでにはまだ時間がかかるらしい。



だけど、それもあと一日。

明日になれば、二人でここを抜け出せる。

だから、もう少しだけ耐えて。頑張って、ガウリイ。

熱に苦しみ汗を流す彼の額に唇を押し当てた。
彼の熱を吸い取るように、彼の苦しみをこの身に移すように。






そうして迎えたハロウィンの朝。

予定では今頃二人でのんびりと、グロッケンシティの街で美味しい食事に舌鼓を打っているころだった。

現実のあたし達はまだ崖下から抜け出せないままではあったが
昨夜が峠だったのか、朝になってガウリイは回復の兆しを見せ始めた。

触れると熱かった肌も、平時に近くなりつつある。



「ほら、朝ごはん」

「おう、さんきゅ」

一口大に削ったのを、ぐっと彼の口に押し込む。

すっかり食べさせられる事に慣れたのか、躊躇いなく口を開く相棒の様子に嬉しいような悲しいような、
複雑な心境を抱きながらの食事を終わらせ、汚れた口元を拭いてやっていたときだった。

「……なぁ、ナイフ貸してくれないか」
ふいに、ガウリイが言った。

「……なに、するつもりよ」

声は震えていなかったか。

「いや、こいつが邪魔でな。ちょっと切ろうかと思って」
ちょい、と彼が指差したのは腫れた瞼。

「バカね、腫れてすぐならいざしらず、今更んなことやったって痛いだけよ」
ちょい、と、指でつっついてやると顔を顰めて「いてーよ」と唇を尖らせる。

「それに、そろそろ魔力が戻りそうなの。だからもう少しだけ我慢してて」
笑い声に乗せて誤魔化した。

血を絞って腫れをひかせようと考えたんだろうけど、今それをやられては困る。
彼にはしっかりと体力をつけてもらわなくちゃならないんだから。






「なぁ、昨日より味も匂いも濃くなったぞ」
薄がりの中で、ガウリイが囁いた。

あたしは、そう?とだけ答えてナイフでそれを削り、彼の口に運んでやる。

「なぁ」

唐突に、真剣な顔をしたガウリイがあたしの手を捕まえにきた。

食事はまだ始まったばかりなのにどうしたというのだろう。

「なによ、もっと食べなきゃ体力戻らないわよ」

なんでもない風に言ったあたしの手を、彼は強く握り締めて、言った。
「この食糧は、どこから持ってきたんだ」と。

「なんだ、そんなこと気にしてたの?」
軽く笑って聞こえるように答えたあたしに、しかし彼はだまされてはくれなかった。

「幾らなんでもおかしいだろ。お前さんが隠し持っていたにしろ、
あれだけの量の食糧がここにあるはずがないんだ」

「どうして?」

ああ、こんな時にもあたしはまっさらな嘘を吐いている。
もう破滅の時は目の前だと言うのに。

「荷物袋は崖の上だ。それにお前さんがそういうものを持っている様子もなかった」
焦燥を押し殺したガウリイの指摘が、ばっさりとあたしの嘘を切り殺した。

「見えなくても、聞こえるさ。お前さんはすぐに隠し事をするからな。
寝たふりをすりゃあ弱音や本音を吐いてくれると思ったんだ」
痛ましげに顔を伏せたガウリイは、見えずとも真実を知ってしまったのだろうか。

「ごめん、ね」

ああ、これで全部終わり。





それは、最初の夜。

「う〜、荷物がないのは痛いわね」

月明かりに照らされて影を作る二つの荷物は元いた崖の道の上に転がっていて、
丸みを帯びた荷袋が黒いでっぱりのように見えるばかり。

せめてもう少し宙に突き出していたならば、気まぐれに吹く風が落としてくれたかもしれないのに。

携帯食糧も薬草も、必要なものの殆どはあの中に納まっている。
なまじ見える場所にあるだけに焦燥感は募るばかり。
傷を癒す事は出来なくとも、せめて苦痛だけでも取り去ってあげたいのに、それができない。
崖をよじ登るにしたって、せめて朝になってからでなくては無理だし、そもそも魔法なしでこの崖を登るのは難しい。
既にガウリイが負傷している今、無茶をしてこれ以上事態を悪化させてはならないのだ。



身を挺してあたしを庇ってくれた彼に報いたい。
ううん、そんなたいそうな理由じゃなく、この優しい人を失いたくなかっただけ。

この先、一緒にいられなくなろうとも構わないからと、
あたしは一つの決断を下した。

足を覆うレギンスを捲り上げて、ナイフの刃を肌の上に押し当てる。
軽く力を込めたそれで身体を薄く削り取り、何も知らないガウリイの口に運んで食べさせたのだ。

「大丈夫、ちょっぴり削ったけど痛くはないし。それに薬効だってあるんだから。
気持ち悪いかもしれないけど吐き出したりしないでよね」

上手く笑えているだろうか、普段のように胸を張れているだろうか。
真実を知って固まってしまったガウリイを見て、ツキツキと胸が痛む。

苦しくて、そっと身を引こうとして、我に返ったガウリイの手に再び押さえ込まれしまった。

「ばかなことを」とか「痛くないわけがないだろうが」と、怒鳴られ、肩をつかまれ揺さぶられている。

……やだな、あたしまでおかしくなっちゃったのかも。
ガウリイの声が、気配が段々遠くなっていく。

「大丈夫なんだってば。あたしは」
人間じゃ、ないんだもの。

はっきりと、ガウリイに向かってずっと隠し続けていた事実を口にした瞬間。
切り付けられるより鋭い痛みが、ざくりと胸を貫通した。





自ら切り取った部分はさほど痛みを感じない。
それは誰かに『与える』為の傷だから。

彼に与える為に負う傷は、一削ぎするたび苦痛どころか快感さえあった。
そう、彼にあたしを食べさせている間中、あたしはとても幸福だった。

気持ちが実体化したかのような、胸の中心に灯った明かりは、総ての終わりを告げる印。

心臓の上で揺らめく小さな灯火は鼓動にあわせて僅かずつ膨らみ、
じわりじわりと全身に燃え広がっていく。

「リナ!?」

手で瞼を無理やりこじ開けて、ガウリイは驚愕の表情のままあたしを凝視(みて)いた。
隙のできたその手を跳ね除け、今度こそ後ろに退き距離を取る。



さあ、笑え。

笑って、彼に笑顔を焼き付けろ。



「幸いにも今夜はハロウィン、人ならざるものが一年の内でもっとも力が揮える夜。
たとえコンディションは最悪でも、あんただけは助けてみせるわ」

あたしの魂を糧として燃え盛る炎、それを魔力に変えて、あたしはゆっくり呪文を唱え始める。

吹っ切ってしまえば心はぐんと軽くなった。

もう彼に一切の隠し事をしなくてもいい。

ならば最後に、できる限りの事をするだけだ!



「リザレクション!!」

ガウリイに向けて突き出した両手、そこから生まれる純白の光が
あっという間に傷ついたガウリイの身体を包みこみ、癒していく。

本来は周囲に存在する命あるものたちから気を分けてもらうことで患者を癒す術だが、
この場にいるのはあたしと、怪我人であるガウリイだけ。
それに普段のあたしは復活の術を使えなかった。

そう、彼の隣にいた『人間の魔道士』のあたしでは不可能だったこと。

「リナ、なにを!?」
眩しさから目を庇おうとしてか、ガウリイは顔の前に腕をかざしていた。
その腕から、全身から、みるみる傷が消えていく。

彼の身体から完全に傷が消えるまで、逃げ回りながら詠唱を続けて。
総てを成し遂げる頃には、我が身の本性がすっかり露わになっていた。



身体が合った場所を補うように、真っ赤な炎がこの身を包む。

燃え尽き、色を失い霞のように透けた身体は、夜明けと共に消える運命。

死者と魔の練り歩く夜を越えて、もう一度最初から。

精霊として?それとも原初の存在からなのか。

ま、いいか。

今考えたってしかたのないこと。

ガウリイのいないこの先なんて、あってもなくてもおなじだもの。




「リナ! オレにも分かるように説明しろ!!」
真剣な顔で追いすがってくるガウリイから、身を捩って逃げをうつ。

風を起こし、身を翻して駆ける。

いや、もう足はない。

全部ガウリイに食べさせたんだった。

あたしを追おうとする前に、とっさに剣を拾うところは流石に剣士といったところか。
それだけ動ければあとは一人で大丈夫よね?

「ごめんね、ガウリイ! ずっと大好きだから許してね!!」

一瞬だけ振り向いて、飛びっ切りの笑みを向けてやろう。

炎はもうじき喉にも届く。

あなたが見えなくなるその前に、その存在を、その姿を記憶に焼きつけて逝きたい。

ねぇ、どうか覚えていて。

あなたを愛したバケモノのことを。
相棒として預けあった背中の事を、かわした言葉と信頼を。

消えてしまうその前に、とびっきりの笑顔を見せて。




「オレが好きなら逃げんなよ! 逃げるな、消えるな、こっちにこい、リナ!!」
呼ぶ声を振り切れないまま、奈落の底を駆け抜けた先にあったのは。

月明かり満ち、色とりどりの花が咲き誇る夜の庭。

花を踏みつけ蹴散らし進むあたし達は、まるで子供みたいに
追いかけっこをしているようだった。

こんな状況だというのに高揚する気持ち、そう、きっとこれもハロウィンの夜の奇跡なのか。

まだ夜は深く、しかし輝ける満月は煌々とあたし達を照らし。
しばらく続いた鬼ごっこは、結局あたしを燃やす炎ごと、ガウリイが抱き留めて終わった。

「……驚いた、ちっとも熱くないんだな」

「ま、ね。これは魔力の炎みたいなもんだから。
物質を燃やしているわけじゃないから熱は生まれていないのよ」

なんでもない風に言葉を交わしながら、その内心でお互いに相手の出方を伺っている。


すうっと大きく息を吸って、最後に真実を突きつけよう。



あなたの前からいなくなっても、あなたがあたしを忘れても、
あたしはひっそりとあなたの血肉になって、ずっと一緒にいるんだから。

「あたしはね、魔族でもなければ人間でもない。
ガウリイにも分かるように説明するってのは・・・かなり難しいわね。
簡単に言うとね、あたしはなりそこないの神様みたいなものなのよ。
精霊として生まれて、人に扮して土地をさすらい経験を積んでね。
長い時間をかけて、いずれ力ある神になるための修行を積む。
今回はあたしの不注意でガウリイに怪我させちゃって、ごめん。
手段を選ばなかったのは悪かったけど、許してくれると嬉しいんだけどさ」

重ねあった掌の上にも、既に真っ赤な炎が踊っている。

残り時間はもう、僅か。
こんなにも心を傾けてくれた人には、ただ一人の心許せる相棒だった男には。

忘れて欲しいけど…・・・いや。
やっぱり、忘れられたくないよ!



「……言えよ、お菓子か、悪戯かって」

「なんの、つもり?」

「いいから言え!この先もオレといたいなら言ってくれ!!」
彼が何をしたいのか、ごうごうと激しく燃えさかる頭では分からなかった。

だけど泣き喚きながら「早く言え」と、ガウリイが繰り返すから。

「リナ、頼む!!」

急かされて、あたしはとうとうその言葉を口にした。



「Trick……or、treat」

「ほら、オレがお前のお菓子だぞ!」

叫ぶと同時に、ガウリイはあたしに口付けて。

「オレの番だ、リナ。Trick or treat!」

訳が分からなくて首を振るあたしを見つめ、それからガウリイは勢い良く天を仰いで叫んだのだ。

「答えられないならリナを貰う! 地獄の釜が開く日ならば、奇跡の一つも起こして見せろ!!」







朝を迎えても、あたしという存在は消えていなかった。

あれほど激しく燃え盛っていた炎はすっかりナリを潜めて、元通りに。
大人しく心臓の内に収まっているようだ。

あたしにも、そしてガウリイにも怪我もなければ傷もない。
ガウリイはともかく、あたしの消えたはずの足も元通りだし、何がどうなったのやら。

「お、起きたか」

むくりと身体を起こすと、ガウリイはまずあたしを担いでさっさと崖をよじ登ってしまった。

それからおきっぱなしになっていた荷物も纏めて担いでしまうと、
よどみない足取りで麓に向かって歩き出す。

「街に着くまで眠ってな」

優しい声をかけられた途端、魔法に掛けられたようにあたしは眠りに落ちていて。
夢の中で、懐かしい仲間達と手を取り一晩中踊り明かした。






「オレな、昔から『見える』んだ。今まで言ってなかったけど」
宿の部屋でガウリイはそう話を切り出した。

「リナが燃え始めたときな、お前さんの周りにいた妖精とか精霊とかが
一斉に顔色を変えて騒ぎ始めて。
で、そいつらの中の一人が、こっそりオレにリナを助ける手を教えてくれたって訳だ」

「どんなやつ?」

「長い黒髪で、でっかい乳とえっらい尊大な態度の女の精霊だったな、たしか。
「悪戯のお礼はお菓子じゃなくて、とびっきり美味しいお酒を用意しなさいね」って言ってたなぁ」

「ぶはっ!!」

誰かと思えば、まったく想定外の返答が来た。

よりにもよって彼女の入れ知恵とか。
ああ、これからこの生が終わるまで、子とある毎に彼女に酒をせびられ続けるのか。

「リナが消えないならなんでもいいさ」
屈託なく、あたしに微笑みかけてくれるけど。

でも。

「あの、気持ち悪くない? あたしは、あんたにとんでもないもの食べさせたのよ?」
緊急時とはいえ、人間にとって最大の禁忌を犯したことについては?

「そうだな…リナ、とんでもない事をした責任は、もちろんとってくれるよな?」

フッと笑うと、ガウリイは両手であたしの頭を捕まえて、そのまま自分の顔にぶつけた。
もとい、顔の一部と一部を、ね。

「元々こっちはお前さんに餓えてたんだ。
リナが許してくれるなら、こうやって、何回でも…一生かけて、な」
なくなったら困るから食いついたりはしないけど、味わうだけなら大丈夫だろ?

そういって、ガウリイは深く深く唇を重ね合わせてきて。

了承と頷く代わりにそっと滑り込んできた舌に、自分のそれを絡ませて。

新たな始まりを告げる熱を胸の内に感じながら、あたしはそろりと広い背中に両腕を回した。